第一伊藤建設とは?

イトーグループ50年史②|浜松の工務店 第一伊藤建設

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

いつも投稿をご覧くださり、ありがとうございます!第一伊藤建設です。

 

今年2018年で、50周年を迎えるイトーグループの歴史をご紹介しているシリーズ企画。

以前(https://ameblo.jp/daiichiitokensetsu/entry-12356197345.html)には、創業家の伊藤家のルーツや三代目・康平の誕生などをお伝えしました。

 

今回は、農業から土木業へ、そして建築業への移行などについて、ご紹介します♪

父・宗平が携わる建築業ではなく、伊藤家のルーツである農業を志した康平。

時代は第二次世界大戦後の復興期で、各農村では土地改良や土地整備に力を入れ始めました。

 

実行力とリーダシップがあり、一目置かれた康平は、土地改良区の役員に抜擢され、行政や農協と共に、農地整備計画を立て、水路、護岸、橋などを建設することに。このような流れで、意図せず仕事が農業から土木業へとシフトしていきました。

 

またミカン農家向けのコンクリート製の消毒用混合槽の建設の需要もあり、1956年(昭和31年)に商号を“伊藤建設”として土木業を本格的にスタートすることに。

後にコンクリート製品製造業へと事業展開し、1967年(昭和42年)にグループ初の法人となる“伊藤産業株式会社”を設立。

 

同時に、父・宗平が有した建築業の資格を活用、一般木造建築も手掛け始めます。

国内では、浜松市をはじめ、空襲で大きな被害を受けた地方都市を中心に、一般住宅のニーズが絶大だったのです。

 

そして、大きな出会いがあります。松下幸之助氏が率いるナショナル住宅建材株式会社との出会いが、第一伊藤建設の誕生への大きな契機となるんです♪

 

今回は、ここまでですが、次回は“第一伊藤建設”という商号変更の理由や経緯などもお伝えします!どうぞお楽しみに♪

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コメントを残す

*

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。